作成記

comic『地獄変』 [全]40ページ

地獄変の屏風の由来程、恐ろしい話はございますまい。[作]2008年9月〜12月 [原作]芥川龍之介

商業誌に投稿しようと描いた本作。時代物をこれほど描いたのは初めてでした。原作と時代資料は図書館で借り、夏の真昼に読みあげながら歩いて帰りました。「堀川の大殿様のやうな方は、おそらく二人とはいらしゃいますまい・・・」など物狂いの様相。

時代が身分制とはいえあまりに酷い内容で、原作には憤慨しました。芸術云々じゃないだろうと。でもその憤怒は、人物が生き生きと描かれていることに起因すると思い、自分ならこう見せるというストーリーにして描きました。

下2点は、原作を読み始めた頃のらくがき。左:狐に憑かれたような絵師。右:懐妊時には明王様が。

原作を読めば、猿とあだ名される貧相かつ性格も難しい絵師に対し、娘は器量も気立てもよい。しかしこの娘、大殿に召し上げられてから鬱々としていきます。絵師は何度となく大殿に下げるよう頼み、うとまれて終には地獄絵の屏風絵を描くように命じられます。そしてその屏風絵のために、娘と絵師は死んでしまう。わたしの読みでは、娘は大殿にセクハラされていたとしか思えませんから酷い話です。語り部も薄々気づいていただろうと思うに憤懣やるかたない。

はたして原作への解釈はどうなのか、ネーム作成の前に調べました。過去には映画化されたことがあり、その紹介文を読めばやはり物狂いは絵師ならぬ大殿。想定していた結末に向かい、心おきなくネームを作成しました。

余談:映画で大殿を演じた萬屋さんは、子供の頃に大好きな俳優でした。おおらかさと繊細さの入り混じった微妙な演技がすばらしかった。それでいえば、地獄変もきっとおもしろい映画だろうと思います。

ネームはB4コピー用紙で作成。上左から3点:絵師、右:絵師の娘、語り部。

大殿の烏帽子は本描きの際、冠に変更しました。絵師は大殿の前に出る時、常に烏帽子と狩衣。しかし原作を読んでいて思ったのは、烏帽子の名称が誤字ではないかということ。 揉烏帽子としてもっともらしい注釈がついてましたが、私が見た資料に「手」へんで該当するものはなく「木」へんではありました。

上左:絵師の娘。右:大殿。

ネームを作り終えて本描きに。上2点1ページめ。左:明王。右2コマ:明王、百鬼夜行。

上左:大殿の息子と追われる小猿。中央:大殿の娘が乗る牛車。こぶりで窓のある糸毛車にしました。そばには語り部、娘。右:小猿を抱いた娘。娘はこの場面ではじめて大殿に面通しをし、大殿の娘付きに召し上げられます。

上左:絵師、反物業者。娘の着物を見立てている場面。中央:大殿。娘を下げるよう絵師に懇願されて気分を害する。右:絵師。地獄絵に取りかかってから段々と憔悴していきます。

左:絵師。写しの邪魔をされ蛇を罵る。

中央:娘。女の様相。右:絵師、弟子。絵師は悪夢から覚めてまだ夢中の場面。娘がなぜ女の様相をしていたか、そう仕向けた相手は誰か、原作でははっきりと書かれていません。この場面だけ女らしいと唐突なので、前から仕掛けられていたのだろうと解釈し、前後から色気を加味して描きました。

上左:娘。牛車はびんろうげ車。右隣2つ:絵師。左がクライマックス後、右が地獄絵を描くように命じられる前。娘を召し上げられてしょんぼりしている。右:大殿の着物。時代物は小道具、背景を描くのが大変と実感しました。その下左:横川の坊さん。右:地獄絵の屏風。

上1列め左:地蔵菩薩。中央:柱に縄。右:夕焼けの山並み。ラストのコマ。2列め左:語り部。原作では語り部の外見や表情は書かれていません。中央:絵師の墓。これもどういう形か書かれていないため、想像で描きました。右:遠景。ラスト40ページめ、クライマックス後の余韻。

原作に憤慨しつつ描いたのは、唯一共感できる部分があったから。絵師の「見たものでなければ〜」というセリフに、哀れな結末を救いのある形に描こうと考えました。業から娘をすすんで焼き殺したと解釈されては、あまりに酷い。

経験があれば描けるわけではない。それでも経験をよしとした。愚かだ、傲慢だ、狭量な思い込みだと言われようとも。なぜ、どうやって、なにを得たか。実感は当人にしかわかりようがなく、他はただ感じ入るものだろうと思います。

ページの先頭へ

Copyright(C) Noriko Amami All rights reserved.